那覇の記憶さんぽコース|海だった岩から闇市の市場まで

⏱ 約3〜4時間 🚶 徒歩約3km 更新日: 2026-07-24

国際通りは、戦後の焼け野原から復興して「奇跡の1マイル」と呼ばれました。でもその足もとには、もっと古い層が何枚も重なっています。西の久米・泉崎から東の市場エリアへ、時代を新しくしながら歩くコースです。

順路

1. 県庁前駅からスタート(0:00)

まずは駅のすぐそば、琉球政府立法院跡へ。アメリカ統治下の沖縄で立法機関が置かれた場所です。1954年に議事堂が建てられ、復帰後は沖縄県議会議事堂として、あわせておよそ38年間ここが沖縄の政治の舞台でした。建物は残っておらず、県庁と県警本部の間の道沿いに説明板と当時の写真が掲示されています。

2. 消えた鉄道の起点へ(0:20)

南西へ歩いて那覇バスターミナルへ。ここが那覇駅跡です。かつて沖縄本島には軽便鉄道(通称・ケービン)が走っていて、1914年開業のこの駅がその起点でした。沖縄戦で破壊され、戦後復活することなく消えた鉄道です。今のゆいレールとは、直接のつながりはありません。

3. 那覇が海だった証拠(0:35)

同じバスターミナルの敷地内に、高さ約6メートルの巨岩仲島の大石が立っています。根もとには波に削られた「ノッチ」と呼ばれるくびれが残り、この一帯がかつて海だったことを物語ります。1958年に沖縄県指定天然記念物になりました。ビルに囲まれた岩が、埋め立て前の地形をそのまま伝えています。

4. 久米村の記憶(1:00)

北へ歩いて久米へ。上天妃宮跡の石門が静かに残っています。琉球王国時代、中国からの渡来人が暮らした久米村には、航海の女神・媽祖(まそ)をまつる天妃宮が上下二つありました。上天妃宮は15世紀半ばごろの創建と伝わりますが、沖縄戦で建物は失われ、今はこの石門だけが往時を伝えます。

国道58号沿いの久米至聖廟跡もあわせて。かつて久米村の学問所「明倫堂」と孔子廟があった場所です。

5. 国際通りを東へ(1:40)

ここから国際通りへ戻り、東へ歩きます。全長およそ1.6キロ、端から端まで20分ほど。戦後まもなくこの通り沿いに開館した映画館「アーネスト・パイル国際劇場」が、通りの名のもとになりました。

6. 闇市から続く市場へ(2:20)

市場本通りのアーケードに入り、南へ。もとは餅や郷土菓子の店が多く「お菓子通り」とも呼ばれた通りです。突き当たりが第一牧志公設市場——戦後の闇市から続く「那覇の台所」。建物は2023年に建て替えられましたが、人が集まる場所としての役割は変わっていません。

帰りは平和通りを北へ抜けて国際通りへ。露店から始まった商店街が、アーケードに覆われて今の姿になりました。

コツと注意

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